自宅 新宿中村屋 インドカリースパイシーチキン

池袋に行く用事があったので、突発的に数カ月ぶりの外食解禁。日本でフォーと言えばここという代名詞的な店になっているフォーティントーキョーに行ってきた。しかし、本当に突発的に思い立って行ったので写真等はなし。だから記事にはしない。

たぶん4ヶ月ぶりぐらいで行ったのだけれど、バイトのベトナム人の女の子がフォーの扱いにそれほど熟達していないのか、フォーがちょっと柔らかすぎになっていたのが難点。それ以外はあいかわらずのうまさだった。ただ、チリソースやにんにく酢は蓋なしの容器に入っていて使う気にはならなかった。

ちょうど自分が食っているときに、後ろのほうにいたやつが咳き込んで、それはむせた咳だというのはわかったが、だからといってそいつが感染者でないという保証もない。だからやっぱり外食はまだ控えたほうがよさそうだ。

で、雑司が谷隧道をくぐって北口のドン・キホーテに行ったらこの期間限定2パック入りの中村屋のレトルトインドカレーがあったので買ってきた。



中村屋とラス・ビハリ・ボース

新宿中村屋が日本におけるインドカレーの発祥の地というのは決して盛った話ではない。

1915年、インドを独立に導いた2人のボースのうちの1人、ラス・ビハリ・ボースが日本に亡命してきた。亡命というかインドから逃亡しての密入国だった。

それを知った当時の大日本帝国は、同盟国だったイギリスに忖度してボースをイギリスに引き渡そうとした。何のことはない、戦前も中国に忖度して渡航制限を遅らせに遅らせた今の安倍政権とたいして変わりはないのだ。

ただ、今と違って当時の日本には気合が入った日本人が多かった。頭山満などがボースをかばい、イギリスに引き渡すのを反対した。

そのときボースをかくまったのが新宿中村屋の創業者である相馬愛蔵だった。

ボースは後に相馬の娘と結婚して日本に帰化している。

ボースをかくまった相馬愛蔵、孫文を支援した宮崎滔天など、当時の日本人は自分さえよければいい今の日本人とは根本的に違う。

でまあ、ボースが故郷のベンガル、つまり今のバングラデシュのあたりのカレーをふるまったことがきっかけに中村屋にインドカレーが伝わったいう。

中村屋によればボースはわざわざインドからスパイスを取り寄せてカレーを作っていたようだ。

レトルトとしてはかなりガチなインドカレー

さて、2個セットなのでパウチが2つ。

湯煎して器にあけると、ちょっとどろっとした感じだが、日本のカレーのように小麦粉でとろみをつけているのではなく、玉ねぎ密度が高いためにどろっとなっているようだ。カレースープの中に玉ねぎがたくさん見える。

具は鶏肉とじゃがいものかたまりが2つずつ。

インドカレーの店でかぐのに近い香りがする。

タイ米に合わせて食べてみた。

まず玉ねぎの甘味とクローブの風味が来る。クローブ好きとしてはうれしい味付け。

そしてじんわり辛さが来る。唐辛子だけではなく、胡椒の辛味も合わさっている気がする。うっすら苦味もあるのはクローブの味ではなかろうか。

長い歴史を持ちながらも、日本に合わせた改変はあまりしていないのだと思う。

これがボースが伝えたベンガルカレーの味ならば、長粒米に合うのも当然。

日本の米を使ったら、米自体のうまさが邪魔をしてカレーを味わえないと思う。米自体はあまり味がない長粒米を使ってこそこのカレーの真価を味わえるはずなので、ぜひ長粒米に合わせてほしいところ。

これだけの味をレトルトで味わえるなら、具がしょぼくてもまったく問題ない。

インドカレー、特にチキンカレーは自分で作るから別に必要ないっちゃあないのだが、常備しておいて作るのめんどくせってときに食べるのにはよさそうだ。

っていうか今引越し準備の最中なので自分で作れないから、こういう安いくせにとてもうまいレトルトパックはとても助かる。

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