要町駅の池袋寄り出口から池袋に向かってちょっと行ったところにあるなか卯。その隣には、どうってことないいかにも日本人にむけたありきたりの料理ばかり並べたいわゆる中華居酒屋があった。10分も歩けば池袋北口に行けるのに、そんな店に入る意味はない、そう思っていつもスルーしていた。
ところが確か先月だったか、そのつまらん中華居酒屋だった店に「牧羊人」なる看板が掲げられ、店の窓にはブルーシートが貼り付けられて、工事中という張り紙がだされているのに気がついた。
新たな羊専門中華料理屋の誕生に胸が踊り、いつ始まるかと用もないのに要町に寄ったりもしたのだが、一向に工事が終わる気配がない。ところが先週、やっと3月22日から夜間のみ試験営業というような張り紙が出されていた。
ということで、プレオープン初日の昨日は行けなかったが今日行ってきた。
なぜ三国志なのか
ひつじ料理専門店と掲げているだけあって、メニューには羊が並ぶ。
メニューを数えていたら眠ってしまう。
そして、なぜかところどころ関羽、劉備、張飛に曹操と、三国志の英雄たちの名前が入った料理がある。店主かシェフの趣味だろうか?
中国人にしか出せない味
どれもこれも食べてみたいものばかり。
なのでちょっと気持ちを落ち着けて的を絞った。
まずは冷菜の手撕羊肉。
同じスパイスを多用する民族だといっても、インド人と中国人ではスパイスの好みがまったく違うようだ。
例えばミックススパイスでもガラムマサラと五香粉では香りも味わいも大きく隔たりがある。
そして、中国北方人のスパイス使いはなかなか真似できるものではない。
この手撕羊肉も西安の料理を思わせるスパイスの使い方をしていて、懐かしさもあいまってとてもうまい。
そしてメインには家常辣炒羊肚。羊肚は羊の胃。
百度百科の羊肚の項には
羊肚:性味甘温,可补虚健胃,治虚劳不足、手足烦热、尿频多汗等症 适宜人群
とある。
性質は甘、温。胃の虚を補い働きをよくする。
虚劳不足は疲労による気血の不足、手足烦热は陰虚の症状で、体を冷やすことができないので手足にほてりが生じた状態、それに頻尿や多汗などを治療するのに適しているということのようだ。
見た目青椒肉丝っぽいが、味付けも蚝油味で、青椒羊肚という名前にしてもいい感じ。
もちろん「辣炒」なので辛味もついている。
この辛味が、手撕羊肉とはまた違った辛味で、同じ辛い料理でも一本調子にならずに楽しめる。
白飯ももらったが、こちらは古い米らしく古米特有のくさみがあり、そしてぱさついている。
だがそこがいい!
中国留学中、学校の寮の食堂で出てくる白飯は蒸米だった。
ぱさぱさで、たまに小石がはいっていてガリッと来る。最初はめんくらったがすぐになれてガリッときたらペッと出すだけになった。
そういう中国のぱさぱさ米は、油を多く使う料理を受け止め、油をやわらげてよりおいしく食べられる。
それに比べると日本の米はうますぎる。日本の米はそれだけでもうまいから、おかずは逆に米のうまさを損なわないようなものになる。
ところが中華料理に日本の米だとうまいとうまいがぶつかりあってどうにもうまくない。
だから自分は自宅では10kg3000円ぐらいのクソ安い米を水分少なめで炊いてわざとパサパサにする。
この店の白飯もそんな感じ。
たいしてうまくない米。だから料理の味が引き立つ。さすが中国人がやっているだけあってよくわかっている。
そしてこの店は、ホールスタッフが皆日本語が堪能で、しかも非常に熱心で親切。
というと、中国に言ったこともないのにネットの情報だけで中国をわかったつもりになっている知能の低いネトウヨのたぐいが、中国人らしくないなどと言い出しかねないわけだが、そんなことはない。
西安でも北京でも、庶民が行くような食堂や屋台をやっている中国人は気さくで親切な人が多かったし、金持ちや当時のレート的に金銭的に余裕があった留学生などしか行かないような高級店だと、サービスも接客態度もよかった。
北口の店だって中国語しか通じないだけで親切な店員の店が多い。
ただ、北口の店よりもこの店の接客はかなり徹底してホスピタリティを高めているように感じた。
白飯は丼飯で、料理のほうも本来一人で頼むような量ではなかったが、全部食べてももうちょっと食べたい気持ちだったので、羊肉水餃を追加注文。
注文したら手作りなので5~6分かかりますがいいですかと言われた。
注文してから手作りしてくれる餃子だったら何分待たされてもいい。
持ち上げると、皮の中に肉汁がたまっているのがわかる。箸でつまみながらうまく撮影することができなかったので画像はない。
小籠湯包のように、意図的にゼラチンを混ぜてスープを増やしたのではなく、純粋に羊の油や肉汁がたまったもの。
食べるとまずその肉汁が口に広がる。
見たところ餡は羊だけのようだ。
皮もうまく、しっかり羊のうまさを味わえる。
店内はガラガラ。だが、この味なら、そして御徒町の羊香味坊のような羊中華の店が受け入れられている今の日本なら、この店はいずれきっと大盛況になるはずだ。
日本一うまい杏仁豆腐
最後に甘い物もほしくなったので、杏仁豆腐を注文。
レモンと黒蜜の2種類がある。今回はレモンを選択。
いざ食べようとしてふと違和感を覚えた。
杏仁豆腐にしてはなんというかこんもりしている。
湯匙ですくおうとすると、弾力が強い。まるでモッツァレラチーズかというような弾力。
だが、弾力があっても硬いわけではない。
業務用の杏仁豆腐だと、ゼラチンでがっちり固まっているようなものもがるが、ああいうのとは違う。
口に入れると杏仁の風味が広がる。
うまい、うますぎる。風のように語りかけたくなる。きっと埼玉銘菓よりうまい。
いままでの人生でいろんなうまい杏仁豆腐に出会ってきた。だが、今となってはそれらも有象無象の一つだ。
こんなにうまい杏仁豆腐は食べたことがない。
たぶん日本一うまい杏仁豆腐だろう。
例え自分の100倍杏仁豆腐を食べてきた人でも、この店の杏仁豆腐を食べないうちは認めるわけにはいかない。
この杏仁豆腐だけでも食べに行く価値はある。